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淡々と、されど深く ── ある庭師の四季

淡々と、されど深く ── ある庭師の四季

淡々と、されど深く ── ある庭師の四季


第一章 冬の終わりに、老人は逝った

二月の朝、園山慧(そのやまけい)は祖父の訃報を受け取った。

享年八十二歳。老衰による、穏やかな死だった。

慧は都内の広告代理店に勤める三十六歳の会社員だ。常に締め切りに追われ、スマートフォンの通知が鳴り止まない日常を送っていた。祖父が岡山の山間に住んでいることは知っていたが、最後に会ったのがいつだったか、もう思い出せないほど疎遠になっていた。

葬儀を終え、遺品整理のために祖父の家を訪れた慧は、その家の裏手に広がる庭を見て、息を呑んだ。

冬枯れた庭だった。しかし枯れているとは言い難い何かがあった。梅の古木は黒々とした枝を空へと伸ばし、その先に白い蕾をほんのわずかに膨らませていた。石畳の苔は霜に覆われながらも、深い緑の命を宿したまま眠っていた。枯れ草の根元には、名も知らぬ球根が土を少しだけ持ち上げ、春の到来を静かに待っていた。

「おじいさんが、四十年かけて作った庭ですよ」

隣家の老婆が、慧の背後から声をかけた。

「あの人はね、毎朝ここに来て、ただ座っとったんです。何をするでもなく、ただ庭を見て。それだけで一日が始まるんだと言っていました」

慧にはその言葉の意味が、そのときはまだわからなかった。


第二章 春、土と向き合う

遺産の整理は複雑に絡み合い、慧は結局、三ヶ月間の休職を余儀なくされた。燃え尽き症候群という診断名が医師の口から出たとき、慧は自分でも驚くほど、安堵していた。

どこかに逃げたかったのだ。ずっと。

祖父の家を借りて暮らすことにした。田舎で療養でもしてこい、という上司の言葉を、慧は素直に受け入れた。

三月の終わり、岡山に着いた翌朝、慧は祖父の庭に出た。都会の仕事から離れた慧には、朝の時間の使い方がわからなかった。スマートフォンを確認しても、もう通知は来ない。ニュースを読んでも、それが自分に何の関係があるのかわからない。

ただ、庭があった。

冬の間に降り積もった枯れ葉が庭に散らばっていた。慧はなんとなく、熊手を手に取り、掃き始めた。掃いていると、その下から緑が顔を出した。雑草かと思ったが、違う。小さな水仙の芽だった。

慧はしゃがんで、その芽を指先でそっと触れた。

冷たかった。それでいて、確かにそこには生きている力があった。押し返してくる、小さくて確かな力が指先に伝わった。

その瞬間、慧の目から、何の前触れもなく、涙が溢れた。

なぜ泣いているのか、自分でもわからなかった。ただ泣いていた。土の匂いの中で、膝をついて、しばらく泣いた。

翌日も慧は庭に出た。その次の日も。

気がつけば、毎朝、夜明けとともに庭に出るようになっていた。


第三章 夏、蝉の声の中で

六月に入ると、庭は別の顔を見せ始めた。

祖父が植えたらしい紫陽花が、雨のたびに色を深めた。青、紫、白、そして薄いピンク。慧はそれぞれの花の前に立ち、色の変化を毎日眺めた。同じ花が、昨日と今日では違う顔をしている。光の当たり方が違うのか、それとも花自体が変化しているのか、慧にはわからなかった。

七月になると、蝉が鳴き始めた。

東京では騒音としか感じなかった蝉の声が、この庭では違って聞こえた。朝の蝉、昼の蝉、夕方の蝉、それぞれに声が違う。種類が違うのだということを、慧は初めて知った。

祖父の書棚に残されていた古い手帳を読んでいると、こんな一節が出てきた。

「庭は何も語らない。だからこそ、すべてを語る。受け取る側が、どれだけ空になっているかが問われるのだ」

慧はその言葉を、手帳から書き写した。

夏の盛り、七月の下旬に、慧に電話がかかってきた。職場の後輩からだった。新しいプロジェクトが立ち上がり、慧がいれば心強いという内容だった。三ヶ月後に職場に戻れるか、という打診だった。

慧は庭を見ながら、電話口で答えた。

「戻ります。でも、今は少し待ってください」

後輩は少し戸惑ったようだったが、了承してくれた。電話を切った後、慧は梅の古木の幹に手を当てた。ごつごつとした樹皮の感触が、手のひらに伝わった。

この木は何十年もここに立ち、何百回も夏を越えてきた。急がず、焦らず、ただ存在し続けることで、こんなにも太くなったのだ。

慧は初めて、「存在すること」と「何かをすること」が違うということを、腹の底から理解した気がした。


第四章 秋、祖父の声を聞く

九月になると、庭の色が変わった。

夏の濃い緑が、少しずつ黄色や橙色に染まり始めた。祖父が植えたモミジは、慧が来た当初は枯れているかと思ったほど細い木だったが、秋になると錦を纏ったように赤く染まった。

挿絵

慧は縁側に腰を下ろし、毎朝そのモミジを眺めた。

ある朝、夢から覚めたばかりの頭で庭を見ていると、奇妙な感覚に包まれた。

祖父の気配がした。

もちろん祖父はもういない。しかし、この庭の隅々に、祖父の意志が宿っているように感じた。石の配置、木の間隔、苔の育ち方。すべてに、長い時間をかけた意図があった。それは「急ぐな」というメッセージのように、慧には感じられた。

この庭を作るのに、おじいさんは四十年かけた。

隣の老婆の言葉が蘇った。

四十年。慧の今の年齢よりも長い時間だ。完成を目指したのではなく、毎年毎年、その季節に必要なことをしていた結果が、この庭なのだ。

慧は手帳を取り出し、思いついたことを書き始めた。

季節に逆らうことは、自分に逆らうことだ。春に冬のものを求め、夏に秋のものを急いでいた。ずっとそうしていた。次の季節の準備をしながら、今の季節を生きていなかった。

おじいさんは毎朝、ただここに座っていた。何も求めず、ただその日の庭を味わっていた。それが本当の豊かさだったのかもしれない。

書きながら、慧の中で何かが解けていく感覚があった。

長年、心のどこかに刺さったままになっていた棘のようなものが、静かに抜けていくような感覚だった。


第五章 冬、すべてを受け入れる

十一月の末、慧は職場への復帰の前夜を、祖父の家で過ごした。

庭は再び冬の顔に戻っていた。モミジの葉は落ち、梅の木は枝だけになり、石畳に霜が降りていた。春に慧を驚かせた水仙の芽は、どこにあるかもわからない。

しかし慧には、この冬の庭が、春の芽吹きよりも美しく見えた。

「全部、ここにある」

声に出して、慧はつぶやいた。

春の記憶も、夏の熱も、秋の色も、全部この枯れた庭の中に含まれている。見えないだけで、消えてはいない。冬はただ、静かに次の春を準備している。

慧は縁側に座り、最後の夜を庭とともに過ごした。

東京に戻ったら、また忙しくなるだろう。締め切りに追われ、通知に振り回される日々が始まる。しかしもう以前の慧ではない。

季節は必ず変わる。

それだけを知っていれば、どんな季節も、ただ淡々と味わえる。

夜が深まり、空に星が出た。山の星は多く、都会では見えない小さな星まで見えた。慧はそれを、寒さも忘れて眺めた。


エピローグ

翌春、慧は会社の同僚たちに、少しだけ変わったと言われた。

何が変わったのかは、うまく言えなかった。以前と同じように働いているし、締め切りに追われることも変わらない。

ただ、追われながらも、どこか静かな部分が自分の中にある。嵐の中の、凪いだ場所のような。

通勤途中に、公園の桜が咲いていることに気づいた。以前の慧なら、スマートフォンを見ながら通り過ぎていただろう。

慧は立ち止まり、一分間だけ、桜を見た。

ピンクの花びらが、朝の風に揺れていた。

ただ、それだけだった。それだけで、十分だった。

祖父の手帳は今も慧の机の引き出しに入っている。たまに開くと、祖父の几帳面な字で書かれた言葉たちが目に入る。植物の記録、天気の記録、そして時折、詩のような短い言葉。

ある頁に、こう書いてあった。

春の芽吹き、夏の輝き、秋の彩り、冬の静けさ—— すべてを受け入れ、すべてを味わうとき、 人は初めて、生きているということの重さと軽さを、 同時に知る。 季節の移ろいにただ身を委ね、 淡々と、されど深く。 それだけでいい。 それだけで、何もかもが満ちてくる。

慧はその頁を読むたびに、岡山の山間の庭を思い出す。

あの冬枯れた庭は今頃、再び春の芽吹きを迎えているだろう。水仙が土を持ち上げ、梅の蕾が膨らみ、苔が霜から解き放たれ、緑を取り戻している。

慧がいなくても、庭は庭であり続ける。

季節は、誰かに気づかれなくても、移ろい続ける。

そしてそれは、何と美しいことだろうか——と、慧は桜の下で静かに思う。

風が吹いた。花びらが一枚、ゆっくりと落ちた。

慧はそれを目で追い、地面に触れる瞬間まで、見届けた。

エピローグ

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