波のあとに、静けさが残る

波のあとに、静けさが残る
第一章 すべての感情を抱えた女
田中澪は三十七歳になった春、初めて泣き方を忘れた。
泣けないのではない。涙の出し方がわからなくなったのだ。
夫との離婚が成立したのは二月のことだった。十一年間、ともに食卓を囲み、旅をし、諍いをし、和解した相手が、ある朝「もう限界だ」と言い残して荷物をまとめた。澪はその後ろ姿を玄関で見送りながら、何か大きなものが自分の内側からごっそりとえぐり取られるような感覚を覚えた。
しかしその感覚でさえ、ひと月もすると薄れた。
かわりに怒りが来た。夫への、自分への、すれ違い続けた時間への怒りだった。その炎は激しく、澪は友人に電話して泣きながら罵り、日記に憎しみの言葉を書き連ねた。次は悲しみが来た。悲しみは濁った川のようにゆっくりと流れ、何週間も澪の胸の底を満たした。そして寂しさが来た。後悔が来た。恥が来た。
感情は波のように次々と打ち寄せた。澪はその都度、溺れるように感情の中に沈み、また浮かび上がり、また沈んだ。
春になって、桜が散りはじめたころ、澪はふと気づいた。
――私はこれだけの感情を、全部経験した。
憎んだ。泣いた。恥じた。嘆いた。
波はまだそこにあったが、以前ほど高くはなかった。
第二章 山奥の宿で出会った老女
ゴールデンウィーク、澪は衝動的に一人旅に出た。行き先は長野の山あいにある小さな温泉宿だった。スマートフォンの地図アプリで適当に選んだ、口コミもほとんどない宿だったが、澪にはそれがちょうどよかった。誰にも気を遣わずにすむ場所が欲しかった。
宿には五人ほどの宿泊客がいたが、澪が食事処で一人膳を囲んでいると、向かいの席に白髪の老女が静かに座ってきた。七十代の後半だろうか。顔に深い皺があったが、その目は少女のように澄んでいた。
「一人旅ですか」と老女は言った。質問というより、ただ事実を確かめるような口調だった。
澪は「はい」と答え、少しだけ身構えた。こういう場所で話しかけてくる老人は、たいてい説教をしたがる。
しかし老女は説教をしなかった。
「私もね、若いころに離婚をしましてね」と、彼女は汁物をすすりながら言った。
澪は箸を止めた。「……なぜわかったんですか」
「わかりませんよ」と老女は穏やかに笑った。「ただ、あなたの目が、私があのころにしていたのと同じ目をしているものだから」
老女の名前は静子といった。その夜、温泉上がりに二人は宿の縁側で話した。澪は自分でも驚くほど正直に話した。夫のこと、自分の至らなさ、あの玄関で感じたえぐれる感覚のこと。
静子はただ聞いていた。相槌を打ち、時折うなずき、何かを急かすことも、慰めることもしなかった。
話し終えたころ、澪の目から涙がこぼれた。泣き方を忘れていたはずなのに、涙はひとりでに流れてきた。
「全部感じてよかったと思いますか」と、澪は泣きながら訊いた。「こんなに苦しかったのに」
静子はしばらく夜の山を見つめてから、言った。
「感情というのはね、乗り物なんだと私は思っているんですよ。どこかへ連れていってくれる乗り物。苦しいのは、まだ途中だからです。終点まで行ったとき、はじめてわかることがある」
第三章 執着という名の根っこ
東京に戻った澪は、夫との共有財産の整理を再開した。弁護士を通じた手続き、銀行口座の変更、そして長年住んだマンションを出て、ひとりで暮らす新しい部屋への引越し。
引越しの日、段ボールを運びながら澪は夫が残していった一枚のCDを見つけた。二人がまだ付き合っていたころに聞いていた、古いジャズのアルバムだった。
澪はそれをゴミ袋に入れようとして、やめた。捨てられなかった。
――ああ、まだ執着している。
その自覚は、不思議なほど穏やかに澪の中に落ちてきた。
かつては執着していることが恥ずかしかった。強くなければと思っていた。しかしそのCDを手に持ちながら、澪はふと思った。執着があるということは、それだけ深く愛していたということだ。愛した証拠が、今この手の中にある。
CDを段ボールの中に入れた。捨てなかった。しかし「いつまでもこれを持っていなければならない」という強迫も、もはやなかった。ただ、今日はまだ手放せない。それだけのことだと思えた。
新しい部屋は、渋谷から少し離れた静かな住宅街にあった。荷物を運び込み、夜になってひとりきりになったとき、澪は窓から外を眺めた。知らない街の、知らない灯りが並んでいた。
孤独だった。しかしその孤独は、以前の孤独とは違った。
以前の孤独は恐怖を伴っていた。これからどうなるのか、このまま一人なのか、という恐怖。しかし今夜の孤独には、奇妙な静けさがあった。まるで嵐のあとの海のような、凪の静けさだ。
澪はそのとき、静子の言葉を思い出した。
――終点まで行ったとき、はじめてわかることがある。

第四章 波が静まる朝
夏が来た。
澪は近所の公民館でヨガを始め、週に一度だけ、スマートフォンをしまって近くの公園を歩くようになった。仕事は変わらずデザイン事務所の仕事を続けたが、締め切りに追われながらも、以前とは何かが違っていた。
怒りが来ても、それが怒りだとわかるようになった。悲しみが来ても、「これは悲しみだ、いつか引いていく」と知っていた。感情に飲み込まれるのではなく、感情を遠くから眺めるような、わずかな余裕が生まれていた。
八月のある朝、澪は公園のベンチに座って、池の水面を見ていた。
風もなく、水は鏡のように静まっていた。空の雲が、そのまま水面に映っていた。
澪の中にも、似たような静けさがあった。
いつからだろう、と澪は思った。夫のことを考えても、胸が痛まなくなった。怒りも悲しみも、もうそこにはなかった。あの十一年間の記憶は残っているが、それは傷ではなく、ただの風景になっていた。
失った、という感覚もなかった。
得たものがあるとしたら、それはこの静けさだった。
澪はぼんやりと水面を見ながら、感情とは何だったのだろうと考えた。あれだけ自分を苦しめた感情。しかしその感情を全部経験したからこそ、今この静けさがある。波が高く打ち寄せたからこそ、凪の価値がわかる。
怒ったから、執着に気づいた。 悲しんだから、愛の深さを知った。 寂しかったから、自分が何を求めていたかを理解した。 恥じたから、自分の弱さと和解できた。
感情は乗り物だと静子は言った。
澪はやっと、その終点に降り立った気がした。
第五章 手紙を書く
九月になって、澪は静子に手紙を書いた。
宿のウェブサイトに問い合わせると、静子は毎年この季節に長期滞在していると教えてもらえた。澪は便箋を取り出し、万年筆で、ゆっくりと言葉を綴った。
「あの夜、縁側でおっしゃっていた『終点』に、私はたどり着いたような気がします。もちろん人生はまだ続きますし、また新しい波が来るかもしれません。しかし今は、波が来てもいいと思っています。波があるからこそ、静けさを知ることができるのだと、今は思えるのです」
筆を置いて、澪は窓の外を見た。
秋の空は高く、薄い雲がゆっくりと流れていた。
あのCDは、まだ部屋の棚にある。捨てていない。しかしもう、捨てなければという焦りもない。手放せたら手放す。それでよかった。
人はなぜ感情を持って生まれてくるのだろう、と澪は思った。
答えは案外、シンプルかもしれない。感情があるからこそ、私たちは深く愛し、深く傷つき、深く悲しみ、そして深く静まることができる。感情の波を全部乗り越えたとき、はじめて見えてくる景色がある。
その景色の名前を、澪はまだ知らない。
ただ、それがとても静かで、とても広いということだけはわかった。
エピローグ
翌年の春、澪は長野の山あいへもう一度出かけた。
桜が散るころ、あの小さな宿の縁側で、静子と二人、茶を飲んだ。
「少し顔が変わりましたね」と静子は言った。
「どんなふうに」と澪は訊いた。
「波がなくなったわけじゃない。でも、波と戦っていない顔になった」
山の風が吹いて、縁側に花びらが一枚舞い込んできた。
二人はしばらく、何も言わずにそれを見ていた。
静けさの中に、すべてがあった。
かつて澪を苦しめた感情たちは、今や遠い声のように聞こえた。それでも澪は、あの感情たちに感謝していた。怒りが、悲しみが、執着が、後悔が、すべてが澪をここまで連れてきた。感情という乗り物に乗り、すべての駅を通り過ぎて、ようやくたどり着いたこの場所へ。
味わい尽くせばいつか、感情の波は静まりゆく。 執着や欲が減少する、自我を手放すその日まで。 感情があるからこそ—— 無へと向かうことができる。

アマリエの物語の続きがここに
あなたの魂の物語を生きる