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光の器――祈りが奇跡を呼ぶとき

光の器――祈りが奇跡を呼ぶとき

光の器――祈りが奇跡を呼ぶとき


第一章 消えかけた灯

三月の終わり、東京は中途半端な寒さだった。

水嶋遥(みずしまはるか)は三十二歳。小さなデザイン事務所に勤めて八年、先輩たちからは「センスがある」と言われ続けてきたが、去年の秋から——正確には母が逝った日から——何も描けなくなっていた。

スケッチブックを開いても、白い紙が彼女を見つめ返すだけだ。ペンを持つと手が止まる。かつてあれほど滾(たぎ)っていた何かが、母の棺とともに土の下に埋まってしまったような感覚が抜けない。

「遥、クライアントから催促が来てる。例の子ども向け絵本のラフ、今週中に出せる?」

上司の声に「はい」と答えながら、遥は画面の前で静かに目を閉じた。絵本。子どもたちの手に渡る本。母はいつも言っていた。「あなたの絵には、なんだか光があるね」と。

その光が、今はどこにも見当たらない。

退職届の下書きをノートに書いたのは、その夜のことだった。


翌朝、目が覚めると午前四時だった。眠れないまま布団の中でスマートフォンをいじっていた遥は、ふと思い立って外に出た。理由はわからない。ただ、このまま部屋にいたら、何か大切なものを取り返しのつかない形で失ってしまう気がした。

早朝の商店街を抜け、細い路地を歩くと、小さな神社が現れた。子どものころ、母に連れてきてもらったことがある。氏神様(うじがみさま)を祀る、古びた社(やしろ)。

遥はぼんやりと鳥居をくぐり、賽銭箱の前に立った。財布の中から五円玉を探したが、なかった。代わりに百円を入れ、手を合わせようとして——気づいた。

何を祈ればいいのか、わからない。

手を合わせたまま、遥は立ち尽くした。風が吹いた。境内の桜の枝が揺れ、まだ固い蕾がかすかに震えた。


第二章 老人の言葉

「何を祈るかより、誰に祈るかより——まず、ここに来たことが大事なんだよ」

声に驚いて振り向くと、神社の掃き掃除をしている老人がいた。七十代だろうか。白い作務衣(さむえ)に割烹着(かっぽうぎ)を重ね、竹箒(たけぼうき)を持った手は節くれだっているが、目は穏やかに澄んでいた。

「すみません、驚かせてしまいましたか」

「いや、いや。こんな早い時間に若い人が来るのは珍しくてね」老人は箒を動かしながら、あたりまえのように話し続けた。「祈り、というのはね、神様に何かをお願いすることじゃないんです」

遥は「え」と声を出した。

「神様の意(こころ)に、自分の心を近づけることなんです。天が望むように——そう思って手を合わせると、不思議と道が見えてくる」

老人の言葉は静かだったが、胸の奥に小石を投げ込まれたような波紋が広がった。

「わたし……もう何もできない気がしているんです。大切な人を亡くして、ずっと」

言葉が思いがけず溢れた。初めて会った老人に、なぜこんな話をしているのか自分でもわからなかった。

老人は箒を止め、遥の顔をまっすぐ見た。

「光は消えるのではなく、移るんですよ。お母様の中にあった光が、あなたの中に移ってきている。それをまだ、あなた自身が気づいていないだけ」

その言葉は、針のように鋭く、羽根のように軽かった。


第三章 宣言の朝

家に帰った遥は、スケッチブックを開いた。

老人の言葉が頭の中で繰り返される。天が望むように。光は移る。

ペンを持った。手が止まった。でも今日は、その「止まった瞬間」をそのままにせず、遥はゆっくり目を閉じて、もう一度手を合わせた。祈るためではなく——聴くために。

お母さん、わたしは何を描けばいい?

沈黙が続いた。でも今度の沈黙は、空虚ではなかった。

そして、来た。

海の底から引き揚げられるような感覚で、一枚の光景が目の裏に浮かんだ。幼いころ、母と見た夕焼け。「遥、見て。空が燃えてるよ」と言った母の横顔。母の輪郭が光に溶けて、橙色の空と一体になっていた場面。

遥は泣きながら描いた。泣いていることにも気づかないまま、ペンが走った。下書き、彩色、修正——気がつけば窓の外が明るくなっていた。

朝の光の中で、一枚の絵が完成していた。

夕焼けを背景に、母と子が手をつないでいる。子どもは空に向かって両手を伸ばしている。その先には、鳥の群れが光の中へ飛び込んでいく。

遥は絵を見つめ、声に出して言った。

挿絵

「これを描くために、わたしはデザイナーになったんだ」

それは祈りでもあり、宣言でもあった。


第四章 奇跡と呼ばれるもの

その絵を、遥は上司に見せた。

「遥……これ、今回の絵本の仕事と全然違うけど」上司は絵から目を離せないでいた。「でも、すごい。これ、見せてもいいか? 出版社じゃなくて、別のところに」

三週間後、その絵は東京都内の小児科病棟に飾られることになった。子どもの心の安らぎを支援するNPOが、病院のロビーや病室に芸術作品を提供するプロジェクトを進めており、遥の絵が選ばれたのだった。

内覧会の日、遥は病院を訪れた。

廊下を歩いていると、点滴のスタンドを引きながら、七歳くらいの女の子が立ち止まって絵を見ていた。しばらくして、女の子がつぶやいた。

「ねえ、お母さん。この子、お空に行った人に会いに行こうとしてるのかな」

隣に立っていた母親が目を潤ませながら「そうかもしれないね」と答えた。

遥は立ち尽くした。

この絵を描いた夜のことを思い出した。泣きながらペンを走らせた夜。老人の言葉。神社の境内の、まだ固かった桜の蕾。

奇跡というのは、空から降ってくるものじゃない。祈りが現実の形を変えたとき、それを奇跡と呼ぶのかもしれない。

遥はポケットからスケッチブックを取り出し、女の子の横顔をそっと描き始めた。


第五章 光の器

桜が満開になった週末、遥はもう一度あの神社を訪れた。

今度は五円玉を用意していた。境内には薄桃色の花びらが舞い、早朝の光が石畳を柔らかく照らしていた。

老人はいた。今日も白い作務衣で、落ち葉と花びらを箒で集めていた。

「また来ましたね」と老人は言った。驚かず、まるで昨日の続きのように。

「絵が、人の役に立てました」遥は報告するように言った。「病院に飾ってもらえることになって……病気の子どもたちが見てくれています」

「そうですか」老人は静かに微笑んだ。「それがあなたの『宣(のり)』だったんですよ」

「宣?」

「天の意を、自分の生き方を通して現す言葉や行い、それを古くは『宣(のり)』と言った。法律の『法(のり)』も、祝詞(のりと)も、同じ根っこです。あなたがあの夜描いた絵は、あなた自身の宣言だった。天が望む形で生きよう、という」

遥は賽銭箱の前に立ち、五円玉を入れ、手を合わせた。

今度は、何を祈るかわかっていた。

どうか、わたしをあなたの意(こころ)の器として使ってください。

それだけだった。それだけで、十分だった。

風が吹き、桜の花びらが遥の頭の上から降り注いだ。


エピローグ 光は移る

その年の秋、遥は絵本を一冊出版した。

タイトルは『ゆうやけのてがみ』。夕焼けの空へ飛んでいった鳥が、残された子どもへ届ける「光の手紙」の物語だった。

献本(けんぽん)の一冊目は、あの病棟の女の子に届けた。二冊目は、母の墓前に供えた。

本の奥付(おくづけ)のページの裏に、遥はひとつの言葉を小さく印刷した。誰かが気づくかもしれない、気づかないかもしれない——それでよかった。それはあの神社の老人が最後に言った言葉だった。

「祈りというのは、神様に何かをもらうことではない。神様の光を、自分という器に満たすことだ。器が光で満ちたとき、その光は自然と外へこぼれ出す。そのこぼれた光が、誰かの闇を照らす。——それを、奇跡と呼ぶ」

    *

 神の「意」(い)こそ、未来への光。  「宣」は希望、明日を照らす。  「天の望むように」生きる喜び。  「祈り」は力、奇跡を呼ぶ。

遥は今日も、朝の光の中でスケッチブックを開く。

手を合わせてから、ペンを握る。

空白の白いページが、もう彼女を脅かさない。それはこれから光で満たされる、器だから。

エピローグ

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